倭の邪馬台国

紀年と崩年干支 ヤマト王権の成立 ヤマト王権の展開 ヤマト王権の成熟 ヤマト王権の完成

新日本書紀第一巻 新日本書紀第二巻 新日本書紀第三巻 柿本人麻呂伝

 

「東の野に炎」の歌

高尾山古墳

 

新日本書紀について



『倭の邪馬台国』「はじめに」

 未曾有の大敗北の力により、皇国史観に基づく日本史と歴史教育は改められた。そして戦後の新たな出発にあたって歴史学が期したものは、あくまでも真実を求め、実証により裏づけられた事実に基礎を置いた日本歴史の究明であった。
 戦前に、津田左右吉博士の『古事記』『日本書紀』の研究は国家の弾圧を受けた。「皇国史観」に基づく日本史と歴史教育の聖典である記紀に文献学的批判を行ったからである。皇国史観に基づく日本史と歴史教育が強制された時代に、津田左右吉博士が記紀を文献批判したことには大きな意義があった。記紀を手段として天皇氏を絶対的存在とし、自由と人権の抑圧が行われていた時代に、記紀が史実に基づかないとする研究は、自由と人権の抑圧に対する抗議となりえたのだ。
 戦後、民主主義の時代となり、自由と人権が保障されるようになった。真実を探求し、実証に裏づけられた事実に基礎を置いた日本歴史の究明が期され、記紀を批判した津田史学が評価を受けた。国家権力による思想的弾圧が無くなり、研究の上での様々な制約も無くなった。学問の自由が保証され、天皇制についても自由に研究できるようになった。その結果、記紀から離れて、自由な空想とも言うべき史論を展開する風潮が広まった。
 これに対し、私は記紀の偉大な価値を認め、あくまでも記紀の記述に基礎を置きながら、その記述の真の意味を明らかにしたい。記紀は言うまでもなく民主主義政府の産物ではない。しかも、前王朝が滅んだ後に別の王朝が編纂した中国の正史とは違い、現王朝が自分の時代を編纂している。現王朝が自分の都合で歴史を改編しているであろう。その改編であるが、手掛かりを残さずに史実を復元できないほど改編してしまえば最早、史書とは言い難くなってしまう。だが、研究の結果、記紀は真実の歴史記録を改編して秘密を隠したが、その編集は史実に基礎を置きながら史実復元の手掛かりを残していて、決して恣意的な編集を行ってはいないと考えるに至った。日本書紀は、当時の優秀な頭脳が結集し、極めて真面目な態度で綿密に計算し尽くして作った正史なのである。記紀の記述を活かしつつ、隠された秘密を解き明かしていきたい。
 とはいえ、、記紀を無批判に史実とすることは、現在でも、天皇氏絶対主義につながる危険性がある。津田博士は記紀の記述の矛盾・齟齬を指摘することにより批判して、皇国史観を否定した。私は、邪馬台国=大和国説とユダヤ征服王朝説という大仮説に基づき記紀を読み解くことで、皇国史観を否定する。神武=崇神天皇以下の実在と記紀の人代が基本的に史実に基づいていることを認める。できるだけ、書紀の記述を虚偽としない方針にも従う。だが、神話をそのまま史実とは認めないし、ユダヤ征服王朝説に立って天皇氏を相対化するので、天皇氏絶対主義につながる危険性は無い。
 古代史の諸問題を解決するために、邪馬台国問題、日本書紀の紀年の確定に挑んだ。その結果を『新日本書紀』は報告している。私としては挑戦が成功したと考えている。賢明な読者諸氏に、私の著作を検討していただきたい。新たな古代史像を提示してお待ちする。



『新日本書紀』刊行のことば

 太平洋戦争の終戦により、大日本帝国は民主日本国に転換した。その民主日本となってから、もう七十年が経った。『新日本書紀』は、思想と価値観が揺らぎ、社会が革新を欲している時代において、日本人の心のふるさとである日本書紀を見直す試みである。
 日本書紀は、紀年が疑問視されるとともに、不合理な記述が目立つとされ、学者は、その歴史記述の大部分を軽視してきた。『新日本書紀』においては、日本書紀の紀年を解明して日本書紀の歴史記述すべてを正しい紀年に配置し、その上に立って、不合理とされる記述を正しく解釈することを目指した。
 また、日本書紀を正しく扱う前提として、邪馬台国の位置問題の解決も試みて成案を得た。
 ゆるぎない説得力を持つ史実の発掘を敢行した結果、古事記の崩年干支をカギとして日本書紀の歴史記述を配置し直すとともに、日本書紀に新たな解釈を与えることができた。これらの成果が正しいものか否か読者の知性で判断していただきたい。
 大方の同意を得ることができれば、日本国家と日本人のアイデンティティーを再確立できるだろう。
                         古代史研究家
                              高木從人
 

  

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